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2009年8月31日 (月)

選挙

衆院選は民主の大勝。マスコミに乗せられ判断力を鈍らせた国民の政治意識の低さに救われた勝利。自民党のコミュニケーション力の欠如。これからの日本がどうなるのか?

さわさりとて、漸く政治の世界に世代の交代が進んだことは評価できる。政権・政策が変ったとはあまり感じないが、長老政治に幕引きを期待したい。いっそのこと民主党も小沢・鳩山・自称水戸黄門こと渡邊さんほかには辞めてもらいたい。いつの時代も大きな変革を実行できるのは純粋に国を憂い、しがらみを持たない若手の特権なのだ。

老いては子に従いと昔からの言葉を思い出せ。世界はただ進歩するだけでは極端な意見だが何も変らない。進歩ではなく発展し続けなければならないのだ。

六甲聖人

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2009年8月24日 (月)

冷や飯

書類の整理をしていたら、その通りと思って取っておいたメモが出てきた。誰かの言葉と思うが思い出せない。

「企業に勤めていると、冷や飯を食わされる時がある。

その時に、愚痴をこぼして、腐ったりして仕事もろくにしなくなる人が多い。

成功する人とは、この冷や飯を上手に食べた人である。」

ある意味で、前向きの諦観と通じるところもあるかと!!! または、若い人には韓信の股くぐりかも!!!

最近は、すぐに転職という選択をする人も多い。逃避的でなければ決して否定はしないが、その場合「天職」を見つけることに最大限努力してほしい。

六甲聖人

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2009年8月20日 (木)

お盆

先週末は、親父の初盆。とにかく暑い最中ではあったが無事終えることができた。田舎のお寺ではあるが、京都の浄土宗、永観堂禅林寺の系統で古いお寺である。このお寺で聞くお経はいつも重々しさと荘厳さを感じ取れる。 きっと親父も里帰りをしてまた帰っていったのだろう。

週明けには東京で業務についているが、総選挙に突入。しかし経済環境には好影響がでる由もなく経済は盛り上がらずの感あり。

政権は果たして変るのか?変れば官僚主導政治に変化が起きるのか?そうなるとどのような変化が予想されるのか?またまた、何も変らないのか?全くスピード感のない選挙である。

短期・中期・長期に今の日本がやらねばならないことは山とあるし、わかり切っていることも山とあるのに、なぜ政治は動かないのか?国民に夢と希望を提供し、安心と安全を構築できればことは足りる。

行動にさえ移せば、そこから生まれる目に見えない効果とか、予想だにしなかった新しいものが必ず派生してくるのが世の常。明治維新は20代、30代の志士が日本の近代史を切り開いた。今の若者は、彼らに比べればはるかに、知識と知恵が豊富である。なぜ立ち上がらないのか?社会は待っていてもなにも与えてはくれない。自らが積極的にあらゆる場で掴み取るものである。文句を言う前に変革に向けての行動を起こせ!!!

六甲聖人

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2009年8月12日 (水)

地震

ここのところ東京は結構揺れる地震が続いた。震源地静岡のはかなりの被害となっている。幸い東海大地震の前兆ではないとのこと、そうあってほしいものだ。

阪神淡路大震災の経験者としては、あの時の揺れに比べれば東京はまだ全然大したことはなかった。しかし、突然襲ってくる自然の力には、人間はいつもなすすべを知らず、無力さを感じずには得られない。

東名高速道路が一部通行止めの状態だが、お盆の帰省には何がしかの影響がでるのはやむを得ないだろう。

昨今は環境対策が盛んに歌われるが、結局は人間が壊してきた環境に結果的には報復されているのでは?もっと自然と向き合い自然と共生のできる社会にならないものか?

立秋を 向えてもなを 蝉の声

まだまだ暑い日が続きそうだ!!!

六甲聖人

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2009年8月 7日 (金)

堪忍と我慢

我慢より堪忍・・・昨日の補足

 「私が悪かった。堪忍して…」
 「堪忍の なる堪忍 誰もする ならぬ堪忍、するが堪忍」
 などというふうに使われる。つまり、怒りをこらえて忍び、他人の過失を許すことである。
 本来は、苦難を堪え忍ぶ意味であったが、肉体的な苦しみだけでなく、精神的な悩みにも耐えて、じっと我慢することから転じて、「他人を許す度量の広さ」をあらわすようになったものであろう。

 「忍」という字は。「心」の上に「刃」を置く。そのように、心臓に刃をつきつけられても、たえしのぶ意味をあらわしている。この世を「娑婆」というのは、梵語サバーの音写で、訳せば「忍土」つまり、あらゆる四苦八苦を忍ぶ世界という意味である。
 だから、「この世はもともと苦の世界、楽をして生きようなどと考えること自体が間違い」なのである。あらゆる苦難を耐え忍んでこそ生きる価値がある、と思わなくてはならないのである。

 青春時代には、若さにかまけて、ちょっとしたことにも怒りを爆発させ、とかく暴言や暴力沙汰を起こしやすいが、それをぐっと我慢し堪忍することが大切である。人間がひとまわり大きく成長するのは、そういう時である。なんでも堪忍できる人になろうではないか。

以上は、全く同感であるが、お釈迦様の世界のような気もする!!!

せめて様々な意見や、考えの人に対して、即ち自分や所謂世間の考えや常識、倫理観、等々と食い違っていても、怪しからんといわずに、そういう人もいるのだと受け入れる心を持つことが出来ればいい。

六甲聖人

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2009年8月 6日 (木)

原爆記念日(広島)

今日は広島の64回目の原爆記念日。ピカドンと言ってもわからない人が多くなったと思います。アメリカ空軍のB29爆撃機「エノラ・ゲイ」による原子爆弾の投下で、昭和20年8月6日一瞬にして広島市の当時の人口35万人の内14万人が死亡。今も後遺症に悩む人がいる。

この数日後に長崎と続き、終戦を迎える。一ヶ月終戦が早ければこの悲劇は起きなかった。逆に広島・長崎があったからこそ終戦が早まり、長引いた場合の悲劇を救ったという見方もあるが、やはり悲劇は起こり歴史の汚点となる一ページを作ったのである。

歴史は変えられない。しかし、終戦後64年も経ってくると戦争の悲惨さの語り部がいなくなり、結果、愚かにもまた戦争に突っ走る可能性は「0」ではなくなる。人間の愚かさと欲は過去からの学習を忘却の彼方へ押しやってでも、現在の自我を正当化して押し通そうとする。

従って、歴史は良くもあれ悪くもあれ繰り返すのであろう。

生きていれば昨日で小生の親父は、91歳の誕生日を迎えていた。原爆記念日がくると親父の誕生日とかぶる。

「堪忍の なる堪忍は 誰もする ならぬ堪忍 するが堪忍」

世の全ての人が、多少なりともこの精神を実行してくれれば、争いごとはなくなるかも!!!

六甲聖人

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2009年8月 5日 (水)

OB

あっという間に8月になり、もう5日。最近は自分の中での時間がスピードアップしているような気がする。仕事が充実しているのか、単に忙しく感じているだけなのかもしれない。ただ、政治、経済含めめまぐるしい世界の前線にいることは確かである。リタイアーしてしまうと嫌でも傍観者になってしまうだろう。

先日、前職の会社のS先輩から電話を頂いた。S氏を中心に会社OBによる懇親会SR会への参加のお誘いであった。既に退社してから6年近くなるが覚えていただいていたようで嬉しい限りである。9月から例会に参加することとした。懐かしい方々にお会いできそうで今から楽しみである。商社から移籍して人材ビジネスに身を投じ既に10年以上になるが、当初この仕事の意義を教えて頂いた先輩達である。

話は変るが興味深いある本の記述を紹介。経済学者で現在「NIRA」理事長の伊藤元重氏が今年の2月に出版された本の一節。ただし、あくまでジョークである???

「中国は有毒物質の入った製品を米国に輸出し、米国は有毒になりうる国債を中国に輸出している」

六甲聖人

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