常識
ある小説で面白い言葉を見つけた。
「人類の最大の遺産は常識である。」 深い言葉の様な気がした。
常識の通らない世界で、非常識と思えることも定着すれば常識となり、世の変化と共に常識の中身が当然変わるものもある。また、反面本質的に変わらないもの、変えてはいけないものもあることを伝え続けなければいけない。
所詮、世の全ては無から生じた有であり、いずれ無に帰る。
六甲聖人
ある小説で面白い言葉を見つけた。
「人類の最大の遺産は常識である。」 深い言葉の様な気がした。
常識の通らない世界で、非常識と思えることも定着すれば常識となり、世の変化と共に常識の中身が当然変わるものもある。また、反面本質的に変わらないもの、変えてはいけないものもあることを伝え続けなければいけない。
所詮、世の全ては無から生じた有であり、いずれ無に帰る。
六甲聖人
既に7月。一年の前半があっという間に過ぎて後半戦に突入。会社も2008年度の第一四半期が終わり第二四半期に入った。7月付けで新人が数人入社。新風となるか?
この四半期は目標は高い設定だが、手が届かない数字ではない。社員のモチベーションを高め、プロ意識を持ってすれば十分クリアーできるであろう。世の景気は決して良くなく好転する兆しもなかなか材料がない状況。しかし、人材ビジネスは必ずしも世間の好不況の波の通りには動かないのがみそである。売上はまぼろし、経費は現実とならないように効率経営に鋭意専念し、将来への布石を確実に打って出る時期か!
六甲聖人
いよいよ親父が危ない様子。一日でも長生きして欲しいと切に祈る。9月には5人目の曾孫が生まれる。曾孫全員の顔を見てほしい。親孝行らしきことは何一つできてないのが悔しいが、不徳の致すところ。
いつかくる わかれは覚悟 梅雨の空
永久の旅 あらたな世界の 第一歩
六甲聖人
ビジネスマンの大半は名刺を持っているのが常である。したがって「名札」を大半の人は持っていることになる。ところが自分の市場価値を認識している人はかなり少ない。自分の市場価値とは、すなわち「値札」である。自分の年収が市場価値と一致している、あるいはそれ以上で引く手数多であれば申し分ないが、やはり大半が今の会社でしか通用しない価値である。大いなる勘違いであることが多い。
どこの会社にいても、その能力とパフォーマンスとそこから生まれる成果への評価、更にプラスリーダーシップとかマネージメント能力とかの総合評価が市場価値に繋がる。
一朝一夕に身につくものでなく、先天的なものでも決してなく、日々の努力の積み重ねである。ただ、無駄な努力はやはり役に立たない。いわれるままの仕事を言われるままに可もなく不可もなくこなしていても身につくものではない。常に、問題意識を持ち問題の本質を把握し、問題点の解決力を磨くことの努力を惜しまず、自分の出番が来れば即座に対応できる準備を心がけることが現在の世を勝ち抜くすべかと。
過去に学び、現在を生き、未来を創造する!!!
六甲聖人
最近の若手社会人にとっての理想的な上司とは、「頼もしく」 「親しみやすく」 「指導力がある」 更に言えば、「理論と情熱」を兼ね備えた人物だそうです。このような上司に恵まれればモチベーション高く、その能力を発揮できるのだろう。
しかし、一方でこのような要素を兼ね備えた上司はそうそうどこにでもいるものでもなく、また巡り会うこともすくない。またその相性によって感じ方も違ってくるのが常である。従ってどのような上司と巡り会っても、自分の能力を最大限に発揮できるメンタルを強化することが肝要。更に上司の悪い面は見ず、良い面を見出す能力を見出す人間になることが先決。
100%の悪人は、世の中にはめったにいないと思っている。もしそう思う人物にあったとしたら、むしろ自分にその人物のいい面を見出せる能力が欠如していると考えるべき。人徳とは正にそういった心の豊かさと広さによって図られるのでは。
といいつつ、日々腹の立つことの多さは自分の未熟さに起因しており、修行がまだまだ足りない。
六甲聖人
「成功」の反対は「失敗」ではなく「あきらめ」であるというのは小生の信念である。あるネットの記事にもこれをわかりやすく解説していた。
サイコロの「1」の目を出そうとして振ると他の目がでた、更に振るとまだ「1」がでない。やっぱりダメかとここで振るのをやめあきらめると終わり。まだまだ兎に角「1」がでるまで振り続けるとやがて目が出ることがある。サイコロにたとえると確率は1/6? 2~3度やってあきらめてしまっていないか? 「成功は確率である。成功するまで挑戦し続けることが成功を勝ち取る方法である」と。
六甲聖人
先週末も神戸に帰り、入院中の親父を見舞った。8月の誕生日で90才を迎える。かなり状態は良くないと医者は言っているが、兎に角頑張って欲しい。食欲がもう少し出れば元気を取り戻せるのだが。
一方で次男の3人目の女の子「沙紀」、小生にとっては4人目の孫の宮参り。人生の仕上げに向かう親父と、これから人生の旅にでる孫。対照的だが、過去の自分と将来の自分を見ている実感。
無から有が生まれまた無に時と共に帰る
六甲聖人
知識がないと知恵はでないと言われている。まさにその通りだと思っている、自省するとその為にはまだまだ勉強不足である。特に、雑学は必要ないが、歴史をもっと勉強したいと最近思っている。知識という代物は、一朝一夕には身に付かず日頃からの積みかせねであろう。死ぬまで勉強の日々になるのか。
体力は年とともに衰えても知力はまだまだ酷使できるだろうし、ボケ防止にもなる。いろんな物事に興味を持ち、感性はまだまだ成長させられそうだ。ガンコ親父にならないためにも柔軟思考でいたい。
六甲聖人
昨日は月に一回の定期健診。結果ほぼ先月同様変化なく順調であった。メインの薬が少し減ったが、他の薬が若干増えた。先月受けた胸部CTは問題なかった。来月は骨密度の検査を依頼した。昨年二回目の入院をし、6月に退院してようやく無事一年がたった。何とか一年何事もなく持ちこたえたという実感である。焦りはしないが、元気なうちに自分の数少ない経験の中から、役立ちそうなものは若い人達に伝えていきたい。
心ある匠の世界にプロの風
六甲聖人
昨晩は週末からの疲れがややあったのか、9時から今朝の5時半までぐっすり眠れた。心身ともに爽快である。今日は月に一度の検診の日であるが、いい結果が出ることを期待。 自分よりもむしろ入院中の親父のほうが気になる。昨日医者からは余命はいくばくかと言われてしまったが、親父はきっと克服してくれるだろう。
痩せこけた父の手にぎり目を見つめ
戦地の中国から帰国し、今になると天職と思われる警察官になり、自分を省みず人の為に尽くし、自分には厳しく人に優しくと言う信念を貫き通した人物。6代前の近藤亀蔵という先祖の気性を受け継いでいるようだ。この人物はやはり農民の味方で数々の治山治水を行い商人であるにも拘らず、儲けた金を惜しまずインフラ整備につぎ込んだ人として郷土の歴史書に記されている。やはり血筋と言うのは存在するのであろう。
六甲聖人
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